2017/12/14 21:25:25
  • 【霊界物語スーパーメルマガ】入蒙記(3)甲子・節分・旧元日

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 霊界物語スーパーメールマガジン
      2017.12.14
 出口王仁三郎・著『霊界物語』を
 飯塚弘明がやさしく解説します
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 ╋ 入蒙記(3)甲子・節分・旧元日 ╋


入蒙記で王仁三郎は「源日出雄(みなもと・ひでお)」という名で出て来ます。
「ジンギスカンの正体は源義経だった」という説がありますが、
そこから源姓を取ったのだろうと思います。

○月鏡・義経と蒙古
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg380
○ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%A9%E7%B5%8C%3D%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%82%AE%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%B3%E8%AA%AC

王仁三郎はモンゴルで、地元民から
ジンギスカン(源義経)の再来として歓迎されたそうです。
その話はまた後で書くとして、その源日出雄がどうして
日本を出発することになったのか、
大正13年(1924年)2月4日節分祭の終了後に
日出雄が演説した内容が第2章に書いてありますので、
そこから探ってみようと思います。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rmnm02#a087

節分祭というは、大本開教(国祖再現)を記念する祭典でもあります。

「(略)今日は、一年一回の最も聖き祭典日であります。
ことに大正十三年二月四日の節分祭は、天運循環して、
甲子(きのえね)の聖日でありまして、吾々人間としては、
十万年に一度より際会することの出来ない、最も意義ある主の日であります」

甲子というのは、干支の一番最初です。
十干(甲乙丙…)と十二支(子丑寅…)の組み合わせで
干支は60種類ありますが、その一番最初に位置するのが甲子です。

年ごとに干支が割り当てられていますが(今年は丁酉(ひのととり))、
60年ごとに同じ干支がめぐってくるので、
「十万年に一度」なんて言うのは大げさです。

日にも干支が割り当てられていますが(今日は乙亥(きのとい))
調べてみると大正13年2月4日は癸丑(みずのとうし)に当たり、
甲子ではありません。

ここで王仁三郎が言っているのは、
甲子の年の節分が旧暦元日に当たるのが「十万年に一度」しかない
という意味です。

これは王仁三郎の書き方がおかしいのですが、もう少し後ろの第4章に、
大正13年の新暦2月4日は、節分であり、翌日5日の立春の日は、旧暦元日である、
ということが書いてあり、
そこまで読んでようやく第2章に出て来たセリフの意味が解明するのです。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rmnm04

まず、節分ですが、節分は「2月3日」だと思われていますが、
実は年によって変動します。
2月2日の年もあれば、4日の年もあります。
1985年から2024年までは毎年2月3日が節分なんですが、
それ以前やそれ以降だと、2日になったり、4日になったりします。
なぜ変動するのか、ここでは詳しく書きませんので、
ウィキペディアを読んで勉強して下さい。

○ウィキペディア・節分
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AF%80%E5%88%86

大正11年から13年までは、節分は2月4日でした。
節分は立春の前日であり、これは太陽の運行をもとに決めますが、
旧暦は月の運行に基づきます。
節分と元日が重なるのは、極めて珍しい現象なのです。

そして、この第4章には、続いて
「中国暦に従えば二月四日が正月元日となつてゐる。この方が正当らしい」
と書いてあります。
日本と中国とでは、節季の計算方法が異なるため、日がずれる年があるのです。
詳細は次の立春の項を読んで下さい。

○ウィキペディア・立春
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E6%98%A5

そして続いて第4章には
「中国暦によれば十二万年にただ一度循環し来るという稀有の日柄であった」
と書いてあります。

第2章に出て来た「十万年」とは少し数字が違いますが、
意味的には一緒だと思います。滅多に起きない、という意味です。

つまり、

 干支のスタートである甲子の年に
 太陽の運行のスタートである立春の日が
 月の運行のスタートである旧元日に当たる

という、とても珍しい年だったのです。

立春について補足しますが、古代の太陽暦は、
冬至か立春を元日としていました。

冬至は一年で一番日が短い(つまり太陽のパワーが一番小さい)日です。
そこから一年が始まるというのは、妥当な考えですね。

また、立春は春の始まりであり、
農耕民のように太陽の恵みのもとで生きる人たちにとっては、
立春を一年の始まりとするのも妥当な考えです。

日本でも古代は立春元日だったという説がありますし、
王仁三郎が説く十ヶ月暦(ミロクの世の暦)は立春元日です。

○玉鏡・十ヶ月暦
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg692

中国式なら2月4日が立春で、日本式なら2月5日が立春となり、
少々ズレはありますが、この三つ、
甲子の年に立春と旧元日が重なるという、極めて珍しい現象が
この大正13年に起きたのです。

王仁三郎は、立春ではなく、節分という側面を強調していますが、
中国式なら2月3日が節分で、日本式なら2月4日です。

中国式か日本式かで、また節分か立春かで一日のズレが生じますが、
王仁三郎はそこまで細かいことは考えていないと思いますよ。
だって、「十万年」と書いたり「十二万年」と書いたり、
けっこうファジーですよね(笑)
細かいことは無視して、大ざっぱに考えて下さい。

しかし月齢を調べてみると、日本では2月5日の午前11時が月齢0だったので、
日本式の2月5日立春が旧元日だったということになります。

立春(あるいは節分)と旧元日が重なることは、
たしか数十年に一度起きるようなのですが、
それが甲子の年と重なるのは「十万年(十二万年)」に一回
ということになるのでしょう。

果たして本当に10万年(あるいは12万年)に1回なのかどうか、
検証する術を私は持ちませんが、
たしかに滅多に起きない現象なんだろうなと思います。

それが起きた大正13年という年を、王仁三郎は特別な年だと感じ取ったのです。
何か新しいことをスタートさせるきっかけとしては、それで十分でしょう。

しかしきっかけはそれだけではありませんでした。

(続く)


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