2018/11/12 22:34:01
  • 【霊界物語スーパーメルマガ】ミロクの世(15)憲法九条

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 霊界物語スーパーメールマガジン
      2018.11.12
 出口王仁三郎・著『霊界物語』を
 飯塚弘明がやさしく解説します
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 ╋ ミロクの世(15)憲法九条 ╋


昭和21年4月17日、日本政府は憲法改正草案を公表した。5月22日、吉田内閣が発足し、吉田茂首相の下、6月から10月にかけて帝国議会で憲法改正案が審議されて行く。そして11月3日に公布、翌22年5月3日に施行された。
この間の経緯を新聞報道等によって王仁三郎は知っていたはずだが、どういう反応を示したかは不明である。

王仁三郎は21年2月7日に「愛善苑」という名前で教団を新発足させたが、自分は前面には出ず、運営は弟子たちに任せていた。『愛善苑』という誌名の月刊機関誌を出しており、王仁三郎の歌日記が掲載されていたが、神苑再建工事など日常生活を歌ったものが多く、政治に関する歌は見られない。そして8月26日、脳出血で倒れ、寝たり起きたりの状態になってしまう。
とはいえ意識はあったので、何らかのコメントはあったはずだが伝えられていない。

新憲法公布の直前、10月21日に愛善苑は新憲法検討委員会を開き、その討議の結果を『愛善苑』12月号(12月1日発行)の巻頭に「新憲法と愛善運動」と題して掲載した。
これは新憲法に対する愛善苑の声明である。王仁三郎が直接関わったものではないが、王仁三郎在世中のものであり、王仁三郎の見解と大きく異なるものではないと思う。
その中から、憲法九条に関わる部分を引用してみよう。
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=Z9006

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第二章(注・憲法第2章のことで第9条が含まれる)は世界に向かって敢然戦争放棄を宣言する重大な一ヶ条である。これは敗戦によって武装を解除され、軍国日本が再起しないよう徹底的に強いられてやむを得ないことと心ひそかに解するものがあったならば、それは世界をあざむき、しかも今後再び戦争の悲哀をなめようとするものだ。平和な日本を樹立するにはどうしても国民の一人々々が真理に目ざめて、心のドン底から戦争放棄するのでなくては相叶わぬことである。

この第九条について金森国務相(注・憲法担当大臣)は
「わが国は兵力を持たぬということからあらゆる危機とあらゆる損害を覚悟しなければならぬ。そんな覚悟して何に役立つかという疑いを起こす気持ちもあろうが、かくの如き疑いこそは世界をして災いの巷と化し永久に戦争の絶えることをなからしめるのであって、ここに大乗的な心を奮い起こして、よいと思う方向に真っしぐらに猪突するという心にこの憲法の極めて真剣な態度がハッキリしていると思う。いかなる戦争も自衛戦争の名をもって行うのが実情であって、自衛戦争を認めるということは一切の戦争を認めるということに帰着するわけであって、真理を追及する熱情を持つものはそういうところに何らの未練もなく、これを振り捨てて突進する。しかして世界がわれわれの後に追随して来るようにさせるだけの心構えがなければならぬと思う。」
と述べている。

まことにわれわれの意を尽くした説明である。ただしかし、戦争放棄したという事は、今後の日本は無抵抗主義であって、国際紛争を生じた場合には、安全保障理事会がその兵力をもって防衛に当たってくれるのだと安易に解する事の危険である。この考え方は結局「人の褌(ふんどし)で角力(すもう)をとる」の類いで戦争を自らの手足に訴えてはやらないが、他の手段では依然戦争するとの考えで、これではやがてまた可能なる対抗手段を持とうとする過渡的弁法に過ぎないことになる。即ち戦争放棄とは闘争の精神までも捨て去るものでなくてはならぬ。そして闘争に非ず又敵を生まざるの理念とその手段とが今後の人類社会を根本的に支配するようにならねばならぬ。この理念の源泉をなす真理が愛善である事は吾人の信じて疑わざるものである。
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なるほど。やはり宗教団体なので、法律論ではなく本質論で答えている。

まず冒頭で──武装解除・戦争放棄は敗戦国だから仕方がないというような考えではいけない、心の底から戦争放棄しなくては平和は樹立できない──という意味のことが述べられている。
戦争放棄させられた、という受動的な態度ではなく、戦争放棄しようという積極的態度でなくては、再び戦争が起きるだろうということだ。

中盤で、自衛戦争をも認めないという金森大臣のコメントが引用されているが、当時の日本政府はこういう見解を持っていたのである。憲法九条を現代のようにひねくれた解釈をせずに、文字通りに解釈していたのだ。
それに対して愛善苑では、それは「われわれの意を尽くした説明」だと同意した後、注意を促している。もし国際紛争が生じた場合、安保理つまり国連が守ってくれるだろうという考えでは、結局戦争をしているのと同じだというのである。自国の軍がなくても、国連軍という軍によって戦争をしてもらうのだから、他人のフンドシで相撲を取るのと一緒だというのだ。これはなかなか痛い指摘だ。

最後に、「戦争放棄とは闘争の精神までも捨て去るものでなくてはならぬ」、そして敵を憎めという闘争の精神ではなく、敵を愛せという愛善精神が人類社会を支配するようにならなくてはいけないと、戦争放棄の本質を訴えている。

現代の憲法九条論争は、解釈がどうのこうのという法律論しか出ないが、こういう本質論こそが真に必要なものであろう。
結局、日本はそれを考えるのを忘れて来たのではないのか?

他人のフンドシで相撲を取ろうとしていた日本は、米ソ冷戦・国連の分裂によって自分のフンドシで相撲を取らざるを得なくなり、憲法九条は企画倒れで終わってしまった。

その後の日本は、他の国々同様に武装して国を守ろうという考えか、武装しなければ攻撃されないという考えの対立しか生まれなかった。しかし21世紀に入り「テロの時代」となってからは、両者の考えは迷信に過ぎないことが明らかになった。国同士の戦いではなく、テロ戦争においては武装平和論も非武装平和論も成り立たない。
喩えて言うなら暴力団新法によって暴力団の活動を抑え込むのに成功した一方で、半グレ等と呼ばれるチンピラ集団が覇張るようになり、結局、町に平和は訪れていないようなものである。

戦争は何故起きるのか。以前に紹介した霊界物語第64巻のマリヤのセリフでは「敵愾心」という言葉が使われていた。その敵愾心をいかにして取り除くかということが、戦争撲滅の本質論ということになる。
現在憲法改正へ向けて歩を進めているが、そういう本質論に目覚めない限り、憲法を改正しようとしまいと、世界の紛争状況には何も変化は訪れないだろう。特に、改正派も改正反対派も、日本の平和しか考えていないのが問題である。そのような、自分の国のことしか考えない利己主義な精神こそがまさに戦争の原因ではないのか。
第二次大戦後も地上は数多の戦争が行われ、現在でもそれは続いている。それをいかにして終わらせるかということにコミットしなくては、ミロクの世は訪れない。


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   次回お楽しみに!


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