2018/11/26 22:28:04
  • 【霊界物語スーパーメルマガ】ミロクの世(19)意志と想念

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 霊界物語スーパーメールマガジン
      2018.11.26
 出口王仁三郎・著『霊界物語』を
 飯塚弘明がやさしく解説します
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 ╋ ミロクの世(19)意志と想念 ╋


霊界は「想念の世界」だと王仁三郎は言う。
想念とは色々なことを想ったり念じたり、つまり人間の精神活動だ。
精神活動とは人間の脳に依拠した活動である。
『では人間が死んだら精神活動も無いのだから、死後に霊界はないということか。結局、死後の世界なんておとぎ話だろう』などと考える人もいると思うので少し詳しく説明しておく。

霊界は「想念」の世界というのは、物質界に住んでいるわれわれに理解できるように仮に「想念」と呼んでいるだけであって、人間の脳から生じる想念そのものではない。
物質界で言う「想念」に相応するような世界が霊界である、という意味と解するといいだろう。

天界には天国と霊国という二つのエリアがあるということを以前に書いたが、天国では神の姿は太陽となって見え、霊国では月となって見えるのだという。これもまたこの物質界(自然界)における太陽や月そのものではない。人間に理解できるように、仮に、太陽とか月と呼んでいるだけである。

このあたりの塩梅が分からない人は、神のメッセージというものがすべておとぎ話にしか思えなくなってしまう。その結果、神とか霊というものを否定することにもなってしまう。
その時代の人間に分かるような程度のことを神様は言っているのである。
「ファーストキスはレモンの味」とは言っても、実際にレモンの味がするわけではないのと同じだ。キスをした唇の味がレモン味なのではなく、キスをした甘酸っぱい気持ちを仮にレモン味に喩えて表現しているのである。

だが、想念とか太陽とか月とか言うのは、単なる喩えではない。「相応」という言葉を使うのだが、物質界は霊界の移写であり、霊界にあるものに対応したものが物質界にもある。つまり天国における神が物質界に移写されたものが太陽で、霊国における神が移写されたものが月だ。そういう対応関係を相応と呼ぶ。
そう言うと今度は『それじゃ太陽や月が神なのか』と早とちりする人もいると思うが、太陽や月が神そのものなのではない。神の顕現の一つではあるが、それ自体が神なのではない。

相応という言葉は雛型論にも使われる。日本列島は五大陸の雛型…というやつだ。
たとえば北海道は北米大陸の雛型であり、世界における北米大陸は日本における北海道に「相応」する。
だからと言って北米大陸は北海道そのものではない。
霊界と現界(物質界)の相応も、それと同じである。それそのものではない。

霊界が、人間の脳という器官を使って物質界に顕現したものが「想念」だと言ってもいいだろう。
ともかく、「霊界は想念の世界」とは言っても、脳から生じる想念そのものではない、と知っておいていただきたい。

   ☆   ☆   ☆

霊界は「想念の世界」というのは実は簡略化した表現で、正確に言うと、「意志(意思)と想念の世界」だ。※
想念には意志が内包されているため、簡略化して単に「想念の世界」とも呼ぶようだ。
※王仁三郎用語で「意志」と「意思」は特に使い分けはされておらず、どちらも同じ意味として使われている。

意志と想念は何がどう違うのだろうか? なかなか難しいが、想念は意志より発生し、想念とは意志の形式であり、意志が無ければ想念も無いという。〔霊界物語第63巻第10章「鷺と鴉」参照〕
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm6310

何のこっちゃよく分からないが、意志とは精神活動の一つの方向性(向き)であると考えると理解しやすい。
何らかの方向性が決まると精神活動が活発になる。
今度の休みの日にドライブに行こう、という方向性が生まれると、ではどこに行こうかということでガイドブックを見たりネットで調べたりして、精神活動が活発になる。あそこ行きたい、ここも行きたいと、想念が活性化するのだ。

「結婚を決意する」とか「天職を決意する」とか、そういう決断的なことだけが「意志」なのではない。方向性である。ご飯を食べたいとか、お金が欲しいとか(笑)、そういうことも意志のうちである。

そういう、意志(方向性)が定まることによって、様々な想念が生まれるというのだ。
だから両者は一体であって不可分のものである。

この、意志と想念の世界が霊界である。

   ☆   ☆   ☆

霊界は「天界」と「地獄界」に二大別できる。
天界は「神界」とも呼び、「天国」「霊国」の二つのエリアに分かれている。

地獄界は「幽界」とか「根底の国」とも呼び、「根の国」「底の国」の二つのエリアに分かれている。

そしてその中間の世界の「中有界(ちゅううかい)」がある。
「精霊界」とか「浄罪界」とも呼び、天界と地獄界の中間にある世界である。人間が死んで最初に訪れる世界であり、ある意味では霊界と現界の中間にある世界だとも言える。
中有界は恒久的な世界ではなく、一時的に滞在する世界である。ここで「外分(がいぶん)」を落として「内分(ないぶん)」だけとなり、その後に、自分の住むべき世界──天界か地獄界へ進んで行く。

外分というのは現界で得た、知識とか体験とか、記憶とか、欲望とか、そういうものである。家族や友人への愛着なども外分である。
それらは一切消えてしまう。つまり霊界に帰ったら(人間の本体は霊魂であり、霊魂が住む霊界こそが母国である)どんなに愛していた人でも忘れてしまうのである。霊界で家族と再会することは出来ない。というか、忘れてしまうので再会しようなんてそもそも思わない。これを幸と思うか不幸と思うか人それぞれだが、そういう宇宙の仕組みなのだから仕方がない。

そういう、現界での諸々の想いは全て消え去って、素の霊魂だけとなったときに、その人の本性が露わとなる。
肉体はどんなに美女、イケメンでも、心の中は醜い(見にくい)人は沢山いる。肉体が無くなり、外分が消え落ちると、その人の正体が現れ、その人にふさわしい世界(天界or地獄)へ進んで行くのである。

よく、閻魔大王が死者の生前の行いを裁くと言うが(霊界物語にもそういう場面が出て来る)、裁くというよりは、その人の想念に従って、自動的に行くべき世界へ行くのである。
天国的な想念を持っている人は天国に昇り、地獄的な想念を持っている人は地獄に落ちる。
だから天国に行きたければ、天国的な想念を持って生きることである。

問題なのは、どういう想念が天国的なのか、分からないことだ。
地獄の住民は、そこが天国だと思っている。彼らにとっては、そこが自分の想念に合致しているのであり、そこが一番住みやすい世界、つまり極楽なのである。
どういう想念が天国で、どういう想念が地獄なのか、客観的に測定できる「想念感知器」が開発されたら、ミロクの世は一気に開けることだろう。
そんな道具はドラえもんのポケットになかったか?



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   次回お楽しみに!


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