2021/01/18 22:41:15
  • 【霊界物語スーパーメルマガ】三鏡352輪廻転生

╋━╋━╋━╋━╋━╋━╋━╋━╋
 霊界物語スーパーメールマガジン
       2021.1.18
 出口王仁三郎・著『霊界物語』を
 飯塚弘明がやさしく解説します
 (当面の間、霊界物語ではなく
「三鏡」の解説をお送りしています)
╋━╋━╋━╋━╋━╋━╋━╋━╋


★.。:・.。:*・★.。:・.。:*・★.。:・.。:*★


 ╋ 三鏡352輪廻転生 ╋


●月鏡「輪廻転生(りんねてんしょう)」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg352

 およそ天地間の生物は、輪廻転生(りんねてんしょう)の法則を辿らないものはない。
 蚕がサナギとなり孵化して蝶となり産卵するのも、ガット虫(注・甲虫の幼虫)がサナギとなり、糞虫が孵化して蝿となり、瀬虫(せむし)が孵化してトンボとなり、豌豆(えんどう)がサナギとなり羽を生やして空中をかけり、麦が蝶と変じ、米は穀象虫(こくぞうむし)と変化し、栗の木から栗虫が沸き、椢(くぬぎ)のあまはだからカブトムシが発生するなどは、いずれも輪廻転生の道をたどっているのである。

 ある老人の話に、田舎寺の高い梁(はり)の上に雀が巣を組んでヒナをかえしていたところ、蛇がそのヒナを呑まんとして、寺の柱を這い上がり、巣に近よらんとして、地上に転落し、庭石に頭をぶっつけて脆くも死んでしまった。
 それを寺男(てらおとこ)が、竹の先に挟んで裏の竹ヤブへ捨てておいた。
 四〜五日経って、雀のヒナがけたたましく鳴き叫ぶので、寺男が訝(いぶか)りながら近よって調べてみると、数万の赤アリが列をなし、柱から屋根裏を伝うて雀の巣に入り、ヒナの体を取りまいている。
 アリの列をたどって行ってみると裏の藪(やぶ)の中に、縄を渡したように赤アリが続いていた。その出発点をしらべてみると、四〜五日以前に捨てた蛇の死骸が残らず赤アリに変化していたという。
 執念深い蛇の魂が凝り固まって赤アリと変じ、生前の目的を達せんとしたのである。実に恐ろしいものは魂のはたらきである。

 またその爺さんの話に、ある夕暮れ、イタチとガマとが睨み合っていたが、ガマは三〜四間もある距離から、イタチの血を残らず吸い取ってしまったのでイタチはその場に斃(たお)れてしまった。そうすると、ガマの奴ノソリノソリとイタチの死骸のそばへ這い寄って、足を咥(くわ)え雑草の中へ隠してしまった。
 それから四〜五日経つと、イタチの死骸が残らず蛆(うじ)となっていた。それを執念深いガマの奴、またもやノソリノソリと夕暮れ近く這いよって、一匹も残らず、その蛆をぱくついてしまったという。

 かくの如く生あるものは必ず転生し、かつその魂は恐るべき魔力を持っていることが悟られる。いわんや人間の霊魂においては、一層その力が発揮され、輪廻転生の道を辿って、あるいは蛇と変じ牛馬となり、犬猫となり生前の恨みを報いんとする恐ろしきものである。

 犬に噛まれたり、馬に蹴られたり、牛に突かれたりして、命を捨つる者、皆それぞれの恨まるベき原因を持っているので、自業自得と言うべきである。

 神様は愛善の徳に満ち給うが故に、いかなる悪人といえども罪し給うようなことはないが、人間の怨霊くらい恐ろしいものはない。故に人間は人間に対し、仮にも恨まれるようなことはしてならぬ。どこまでも愛と善とを以て地上一切に対すべきである。

 人間の怨霊が、猛獣、毒蛇(どくじゃ)となり、その人に仇(あだ)を報いたり、あるいは牛となって恨みの人を突き殺したりして、禍いを加うるのであって、神様が直接に罰を蒙(こうむ)らせらるるようなことは全然ないものである。

 仁慈無限の神様は、総ての人間が、私利私欲の念より相(あい)争い、相(あい)殺し、恨み恨まれ修羅、餓鬼、畜生道に堕ち行く惨状を憐れみ給うて、至善至愛の惟神の大道を智慧暗き人間に諭してその苦しみを救わんがために、神柱(かむばしら)をこの地上に降し、誠の道を説かせ給うのであって、実に有り難き大御心(おおみこころ)である。

初出:『神の国』昭和5年(1930年)7月号

- - - - - - - - - - - - - - - - -


現界だけで見たら因果関係が無いようなことでも、霊界を含めた三千世界全体で見たら、因果応報の理で動いています。
二つの見方の区別を付けるようにしないといけません。

通り魔に遭ったとか、歩いていたら車が突っ込んできたとか、そういうケースは、向こうが一方的に悪いのであって、こちらは何も悪くはありません。
法律上は自分は全く悪くなく、相手が100%悪いのです。
相手は刑罰を受けるべきだし、慰謝料・損害賠償を払わせるべきでしょう。
しかしそれは現界だけでの見方です。
法律というものは現界だけを対象にしています。
現界だけの因果関係を考えて善悪を決めています。

しかし霊界も含めて考えたら、全く異なる世界が見えて来ます。
一見、自分は全く悪くないように思えても、自分の身に起きる全ての出来事は、全て自分に原因があるのです。

科学というものは、現界だけを対象にした学問です。
科学的に言えば、自分がこの世に生まれて来たのは、たまたま偶然に過ぎません。
しかし霊界を含めて考えたら、生まれて来たことには意味があるのです。

科学とか法律という現界だけを対象にしたものの見方と、宗教のような霊界をも含めたものの見方とを区別して考えないと、いろいろな誤解、曲解が生まれてしまいます。

先ほどの王仁三郎の教示の中に「犬に噛まれたり(略)自業自得と言うべきである」という文言がありましたが、現界的な思考しか出来ない人にとっては、こういう教示はとてもおぞましく感じることでしょう。
なぜ犬にかまれることが自業自得なのか、と怒り出すと思います。
飼い主が犬を繋いでおかないのが悪いのだ。自分が悪いのではない。自業自得などとふざけたことを言うな!と激怒することでしょう。
自業自得というのは、霊界的なものの見方です。

怨念ということについても同様です。
科学的に見たら、生きている人の怨念はあるとしても、人が死んだらそれで終わりです。怨念は消滅します。
怨霊なんて、いるはずがありません。

多くの人は、他人から恨みを買わないように心がけて生きていると思いますが、しかしまさか前世からの恨みが今、自分の身に降りかかっているなんて、思ってもいないことでしょう。

霊界物語に、恨みが降りかかるエピソードがいくつも出ていますが、そのいくつかを紹介します。

●第16巻第18章〜第17巻第4章 丹波村の平助一家のエピソード
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm1618
https://onipedia.info/wiki/%E4%B8%B9%E6%B3%A2%E6%9D%91%E3%81%AE%E5%B9%B3%E5%8A%A9%E8%A6%AA%E5%AD%90

●第52巻第12〜17章 小北山の受付・文助のエピソード
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm5212

●第55巻第12章 玉木村の豪農テームスのエピソード
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm5512

時間がないので詳しい説明は別の機会にしますが、いずれも深く考えさせられるエピソードです。



★‥…―━―…‥・‥…―━―…‥★

 お読みいただきありがとうございました。

    次回もお楽しみに!




+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
『霊界物語スーパーメールマガジン』
■発行日 令和3年(2021年)1月18日 (毎週月曜発行)
■発行所 オニド(王仁三郎ドット・ジェイピー)
 https://www.onisavulo.jp/
■発行人 飯塚弘明
■連絡先 oni_do@ybb.ne.jp
■メルマガの公式ページ(登録)
 https://www.onisavulo.jp/ond.php?id=4
■バックナンバー
 http://oni.big.ph/mailmg/backnumber.cgi
■総集編
https://www.onisavulo.jp/ond.php?id=4#sousyuuhen
◆登録解除
https://www.onisavulo.jp/ond.php?id=4#kaijyo
メールアドレスの変更は、古いメアドの登録を解除して
新しいメアドを登録し直して下さい。
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
(C) 2021 IIZUKA HIROAKI

注:出典を明記していただければ自由に転載してもらっても構いません。
たとえば、「霊界物語スーパーメールマガジンから引用」などと
どこかに書いておいてもらえればOKです。