2022/09/19 21:43:57
  • 【霊界物語スーパーメルマガ】大峠(6)

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 霊界物語スーパーメールマガジン
      2022.9.19
 出口王仁三郎・著『霊界物語』を
 飯塚弘明がやさしく解説します
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【ブログ更新】
●三鏡解説427 同殿同床の儀
https://iizukahiroaki.com/?p=1962

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 ╋ 大峠(6) ╋


以前にも書きましたが、大峠とか天変地異とか言っても、冷めた目で見れば、地球の定期的な変動に過ぎません。
地軸の移動と言っても、そんなことは地球の長い歴史の中ではよくあることです。
気温の変動にしても、海面・地面の上昇・下降も、しょっちゅうあることで、何ら珍しいことではありません。
しかし人間の短い歴史の中では滅多にないこと、あるいは歴史に記録されていないことなので、神があらかじめ警告を発し、対処するよう呼びかけているのです。

現在、台風14号が日本列島を縦断中ですが、日本に台風は年に何回も上陸してます。
ですが年中行事の台風でさえ、なかなか被害を防ぐことが出来ません。
それが人類史上初めて経験するような大災害であればなおさらです。それこそ人類滅亡の危機にすら陥りかねません。
全人類が協力しなければ、この大艱難を乗り越えることは出来ないでしょう。
しかし現在の人類のあり方──利己主義(われよし)・弱肉強食(つよいものがち)という人類のあり方ですと、とうてい大艱難を乗り越えられません。

「今の世界の人民は人生の本義を知らぬから、衣食住の物欲斗りに迷ふて、自分から肝心の人格を殺して居るものが七分あるから、艮の金神が明治二十五年から、世界の人民は今に三分に成ると申して置いたが、此の神の申た通り、今の人民は人民としての資格が亡びて了ふて、誠の生命人格を保つものは、世界中平均して二分も面倒いぞよ。」〔伊都能売神諭 大正8年3月7日〕
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=is25

このように、誠の人民は「三分」あるいは「二分」しかいないということを神は言っています。
しかし仮にその30%なり20%なりの人だけが生き残ったとしても、その程度の人数では人類は現在の文明を維持することは出来ません。また原始時代からやり直しです。

物質を修理固成して地上天国、ミロクの世を建設することが人類の役目です。ここまで物質文明を発達させて来たのに、また原始時代からやり直しなんてことは避けねばなりません。

この物質文明をさらに進化させて、大峠を乗り越えることが出来るように尽力すべきでしょう。
「三分」とか「二分」ではなく、もっと多くの人々が、人類全体が救われるようにしなくてはいけません。
そしてそれが神の御心です。
今の体主霊従のままだと人類が「三分」や「二分」になってしまうので、早く目ざめよということです。

神の教えを学ぶには「神教リテラシー」とも言うべきものが必要です。
リテラシーとは英語で、文字の読み書き能力のことですが、ネット社会となった今日では、「情報リテラシー」のように、情報の読解能力・発信能力のことも指すようになっています。
清濁混淆の情報の中から真偽を見極める能力です。相手が言わんとしていることを覚る能力であり、また自分が思っていることを的確に相手に伝える能力です。
大本神諭や霊界物語を読む時には、神の教えを理解する「神教リテラシー」とも言うべきものが必要になります。

それがよく分かる例が、このメルマガでたびたび紹介している「返報返し」のエピソードです。
神示は、読み手によって、大きく意味が変わってくるという、良い例です。
過去のメルマガ(2019.5.9)から引用します。(多少訂正してあります)

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 ╋ 笑うて返すは神心 ╋


睨(にら)まれて睨み返すは人心(ひとごころ)
   笑うて返すは神心(かみごころ)なり

これは王仁三郎が詠んだ歌です。
人間心と神心の違いを教えています。

殴られたら、殴り返すのが、人間。
殴られたら、笑顔を返すのが、神さま。

これは「返報返し」(へんぽうがえし)と同じです。

大本神諭に「返報返し」というセリフが何度も出てきます。
広辞苑で調べると「恨みに報いること。しかえし」という意味です。

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この結構な日の本の神国を、外国魂の悪神に自由自在に汚されて、
神は誠に残念なれど、時節を待ちて【返報返し】を致すのであるから、
心に当る守護神人民は一日も早く改心致して、
元の日本魂に立ち帰りて居りて下されよ。
  (明治四十三年旧四月十五日)

外国人よ、今に艮の金神が、【返報返し】を致すぞよ。
  (明治二十五年旧正月)
=====/

こういうフレーズが脅迫的・威圧的で、だから大本神諭は嫌い、という人がいます。
なるほど。。。そんな神様じゃあ、「真の神」とは思いたくないですね。。。

昭和28年に発行された『聖師伝』という本に、
これに関して気になる文章を見つけました。
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B100800c25

/=====

筆者(注・側近の桜井重雄)はかつて神諭に国祖・国常立尊が隠退され
「口惜(くや)し残念をこばりておりた」とか
「今に艮の金神が返報返しをする」とかいう意味のことが示されていましたので、
その意味について聖師におうかがいしたことがありました。

いやしくも国祖ともあろう神さまが、自分を押し込めた神々に対して
報復するというようなことが、どうも合点がいかなかったからであります。

その時、聖師は「わしは今にみんなを喜ばして返報返しをしてやるのだ」
と言われました。

なるほど神諭は人間心では、わかるものではない、
神心にならなければ、解釈することのできるものではないと、
しみじみ思わしめられました。

「返報がえし」と言えば、われわれは直ぐに
カタキをうつような意味にしか、とらないのであります。

地獄的な意志想念をもって神諭をいただけば、それ相応にしかうけとれないので、
たとえて言えば、ちょうど鏡のようなものであります。

鏡に向かう時、そこに映るものは自分の姿であります。
神諭には自分の心の姿が映るのであります。

=====/

なるほど。その人の身魂(みたま)相応に読めるわけですね。

自分を攻撃した人に対して復讐をして「返報返し」をする。
というのは普通の凡人の読み方です。
もしそういうことをするのが国祖の神様だったら・・・がっかりです。

しかしそれは国祖ではなく、その人自身の身魂の投影であるわけです。
その人に、復讐心があるということに他なりません。

攻撃するというのは、何か恨みがあるということ。
恨みに対して、恨みで返すのではなく、喜びで返す。
自分を恨み憎んでいる人を、喜ばせてあげる。
これが国祖が言う「返報返し」の真義のようです。

これも「ことむけやわす」(言向け和す)の精神です。
素晴らしいです。
これがみろくの世の精神です。

私もそういう人になりたいと思います。


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これが「神教リテラシー」の良い例です。

リテラシーの低い人は、「返報返し」を「復讐、仕返し」という意味だと解してしまうのです。

王仁三郎のようにリテラシーの高い人は、「喜ばしてあげる」ことだと解するのです。

大峠ということを考える時にも、こういう神教リテラシーを身に付ける必要があります。


(次回に続く)


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 お読みいただきありがとうございました。

    次回もお楽しみに!


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