2022/11/07 22:38:26
  • 【霊界物語スーパーメルマガ】大峠(12)

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 霊界物語スーパーメールマガジン
      2022.11.7
 出口王仁三郎・著『霊界物語』を
 飯塚弘明がやさしく解説します
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 ╋ 大峠(12) ╋


霊界物語第72巻第7章に「鰹の網引」という章があります。
ここには、神の道の宣伝ということについて、考えさせられることが書いてあります。
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm7207

トルマン国の「スガの港」は鰹(カツオ)の漁が盛んで、12隻の船の上から漁師たちが木遣を歌いながら網を引き上げていました。
宣伝使の照国別と弟子の照公はそれを見物しながら、神の道の宣伝について話をします。
照公が
「あの引き網のように、吾々もいっぺんに数万人の信者を引き寄せたら面白いでしょうな。これから大公会堂を借りて数万の町民に一度に神の話を聞かせたら、信者が沢山出来るかも知れませんよ」
と言うと、師匠の照国別は、
「いや、公会堂や劇場、講堂のような場所は神の道の宣伝に適しない」
と否定します。そして
「民衆が集まる所は全てダメだ。網で捕った魚は味が悪い。一匹一匹釣り上げた魚は味が良い。神の道の宣伝は一人対一人が相応の理に適っている」
と教えます。

講演会を開いたり、本を出したり、ユーチューブ動画を作ったりしても、信仰者を増やすことは出来ない、ということです。
神の道に興味を持つ人を増やすことはできるでしょう。しかし信仰はその先にあります。
これは統一教会のような悪徳宗教でも同様です。新たに誰かを信者にするためには、既存の信者がマンツーマンで向き合います。本を読んで信者になる奴なんか一人もいません。人と人との信頼関係を構築することで教団に引き入れて行きます。

一対一が相応の理に適う…とは言っても、王仁三郎は講演会のようなものを否定しているわけではありません。
そもそも王仁三郎自身が講演会でしゃべったり、本を大量に出版したりしています。
宣伝の順序としては、まず講演会や出版物によってその宗教の存在を知ってもらい、次に、興味を持った人に少人数のセミナーのようなもの(大本でいうなら大道場修業)に参加してもらい、そして最終的に個別の面談によって信者へと導いて行く、という流れになるでしょう。
不特定多数への宣伝、特定少数への宣伝、そして一対一の宣伝という三段階です。

そうやって一対一で向き合ったとしても、「誠の信者」が出来るかどうかは分かりません。
照公は、神の道の宣伝は一対一が原則だと知り、
「そうすると、神の道はなかなか容易に広まらないものですね。先生は今までどのくらいの誠の信者を神の道に導きましたか」
と尋ねました。すると照国別は
「残念ながらまだ一人も誠の信者をこしらえていない」
と答えました。

これは神の誠の信者をつくるのはいかに難しいことかということを示しています。
大本神諭や伊都能売神諭でも、国祖は"誠の者はまだ一人もいない"と盛んに嘆いていますし、三鏡の中でも王仁三郎は"本当に分かった者は一人もいない"と嘆いています。

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●玉鏡「取り違いの信仰」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg564

 信仰は全く自由なものだ。神の道では取り違いと慢心とが一番恐ろしい。取り違いしていると神の目からは間違いきったことでも、自分は正しい信仰だと思って進んで行き、他からの忠言も戒めも聞かない。そして行くところまで行ってついに衝(つ)き当たって鼻を打ってやっと気がつく。そして後を振り返って初めて背後の光明を見て驚き正道(せいどう)に立ち帰るのである。

 ともかく間違っていても神から離れぬことが大切である。やがては必ず自分から気がつくことがある。間違っているからといってやたらに攻撃してもつまらない。実はみな誰でも取り違いのない者はない。今日のところ、まだ本当に分かったものは一人もないのだ。
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これは宗教による救いの限界、ということも示しています。
言葉の限界です。
宗教は言葉によって人を神の道へ誘い、心を改めさせ、安心立命へと導いて行きますが、言葉には限界があります。

私は二十代の初めの頃、キリスト教にドはまり、熱心に聖書を勉強しました。
日本語に訳された聖書では本当のことは分からないと思い、ヘブライ語を学んで、原典のヘブライ語聖書を入手して勉強しました。
その過程で気づいたことは、言葉には限界がある、ということです。
キリスト教は聖書を絶対化します。聖書は神の言葉であり、そこに書いてあることだけが正しいのであり、それだけが宇宙の真理です。
しかしヘブライ語の辞書を片手にヘブライ語の聖書を読んでいて気づいたことは──そもそも古代ヘブライ語はその読み方も意味も、正確なことは分からないのだから、いくら研究したところで、神の教えの正確なことは分からないじゃないか──ということです。
言葉には意味があります。現代日本語にしても、一つの言葉に意味は複数あります。その人がどういう意味でその言葉を使ったのかは、前後の文脈の中で推測していかなくてはいけないのです。ですから意味の取り違いということは日常茶飯事です。

そもそも、自分が思っていることを、うまく言葉で表現できるとも限りません。
言葉で全てを言い表せるわけではないのです。

つまり言葉による伝達は、発信者の段階と、受信者の段階の、二重に意味の取り違いが起きる可能性があるのです。

これが言葉の限界です。
人間は言葉があるからこそ、モノを考えることが出来るのだし、それによって様々な文物が発達して来ました。
言葉によって、はるか遠くにいる人にも情報を伝えることが出来るし、はるか後世の人にも情報を伝えることが出来ます。
しかしその言葉による伝達には、限界があるのです。正しく伝わるわけではないのです。

霊界では、言葉ではなく、想念によって想いを伝えます。ですから正しく伝わります。
要するにテレパシーです。
しかし限界では、言葉というモノ(一種の物質)を通してしか、想いを伝えることが出来ません。
これが現界における限界です。言葉の限界です。

第6回で紹介した「返報返し」のように、どうしても人間の身魂のレベルが低いので、神の教えが正しく伝わるはずがないのです。
神の誠の信者が一人も出来ないはずです。
もちろん、ある程度の人に対しては、ある程度までは言葉によって高めることが出来るでしょう。
しかし全体から見れば"誠の者は一人もいない"と言ってもいいような状態なのでしょう。
そうすると、神の救いというものは、言葉だけではなく、他の手段も使う必要があります。

(次回に続く)


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 お読みいただきありがとうございました。

    次回もお楽しみに!


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