2021/09/07 00:40:01
  • 【霊界物語スーパーメルマガ】三鏡598神庭会議

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 霊界物語スーパーメールマガジン
       2021.9.6
 出口王仁三郎・著『霊界物語』を
 飯塚弘明がやさしく解説します
 (当面の間、霊界物語ではなく
「三鏡」の解説をお送りしています)
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【お知らせ】
霊界物語朗読日記を更新しました。
「第7巻と第25巻・アンナものがコンナものになった仕組」
https://youtu.be/N2RVD7Bs3TM


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 ╋ 三鏡598神庭会議 ╋


●玉鏡「神庭(しんてい)会議」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg598


 旧七月六日の晩より七月十二日に亘り、綾部の本宮(ほんぐう)坪の内にて行わるる祭典は最も大切なる神事(しんじ)にて、この一週間は、御三体の大神様を初め奉(まつ)り八百万の神々様が御集会なされて、一年中における世界の経綸をお定めになるのである。

 即ち地上の規則を地の高天原でお定めなさるのであるから、謹み慎んで人民の願い事など決してしてはならないのである。


初出:『神の国』昭和7年(1932年)6月号

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「本宮坪の内」とは、昔の地名で、現在の梅松苑内の元屋敷を指しています。
出口家の屋敷は坪内村にあり、明治9年に坪内村と新宮村が合併して本宮村が誕生してからは、本宮村坪内という地名で呼ばれていたようです。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B195401c1132

王仁三郎用語で言う本宮坪の内とは、出口直が住んでいた屋敷(屋敷跡)を指します。
明治22年には本宮村も含めて複数の町村が合併し綾部町が誕生していますので、大本神諭や霊界物語では「村」を除いて「本宮坪の内」とか「綾部の本宮新宮坪の内」などと呼ばれています。(新宮は神宮とも表記されます)

大本神諭で、この本宮坪の内(つまり出口直の屋敷跡)が一番神聖な場所とされています。
明治26年に土地家屋が他人の手に渡ってしまいましたが、王仁三郎は明治45年(1912年)にそれを買い戻し、家屋は壊して、翌年大正2年(1913年)にその場所に「西の石宮」というお宮を建てました。

「綾部の神宮坪の内の本の宮は、出口の入り口、竜門館(りゅうもんやかた)が高天原と相定(あいさだま)りて、天の御三体の大神が、天地へ降(お)り昇(あが)りをなされて、この世の御守護遊ばすぞよ」〔大本神諭 大正三年旧七月十一日〕
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=os024

竜門館は竜宮館とも呼ばれ、元屋敷の隣にあった建物です。
神宮坪の内に建てた「西の石宮」は、三つお宮があり、中央には天照大神を、左右には日の大神、月の大神が祀られました。この三神を「天の御三体の大神」と呼びます。(ただし「天の御三体の大神」の三神の神名や神格はケースバイケースで変わります)

ここで祭典を行うのですが、それを「七夕祭」と呼びます。
旧7月12日というのは、王仁三郎の誕生日です。
6日から一週間、祭典を行います。(6日から12日まで7日間)
そのときに天の御三体の大神様を始め八百万の神々が集まって世界の経綸を決める会議を行うというのです。

「人民の願い事など決してしてはならない」というのは、世間一般では七夕の時に短冊に願い事(自分の願望)を書いて竹の葉にぶら下げる、という風習が行われているので、それに対する発言だと思います。
神々が決めるのであって、人間が願い事をしてはならない、もし仮に願うのであれば、世界の平和とか、五六七神政成就(地上天国の実現)を祈るべし、と言いたいのではないかと思います。

世間一般の七夕は、現在は新暦の7月7日に行われていますが、本来は旧7月7日に行う行事です。
さらに細かいことを言うと、神事としての七夕は、7月6日の夜から7日の早朝にかけて行うのが本来のやり方らしいです。(ネット情報なので真実かどうかは不明)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E5%A4%95
http://internet-homework.com/?p=5527

もしそうだとするなら、王仁三郎の七夕祭のように、7月6日の夜に行うのが正しいということになります。
そのちょうど一週間後に王仁三郎が生まれたというは、神秘的ですね。

この玉鏡の教示には続編があり、すぐ後ろに次の教示が書いてあります。

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●玉鏡「再び七夕祭について」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg599

 旧七月六日の晩から同十二日にかけて挙行される七夕祭は、神々様が地の高天原に神集(かむつど)いに集われて一ヶ年中の経綸について神議(しんぎ)せらるる大切なる神事(しんじ)であることはかつても話したが、十二日の晩になると王仁(わたし)がその決定せられたる神事を承って、そのプログラム通り、一年間の御経綸を遂行する役に使わるるのである。

 神苑内の沢山の建物についても、御神策のまにまに建造しているのであるが、昨年の神声碑(しんせいひ)のように、造って長年用意をさせられていたのを急に建てよと命令せらるる場合もあって、あの碑の建つときは容易ならざることが起こるとかねてお前たちに言うておいたが、満州事変は碑が建つとすぐ、即ち昭和六年の九月十八日に突如として起こったのである。

 ただ困るのは神様が急がれても人間界がそれほどに急いでくれぬので、板挟みになって王仁(わたし)は苦労する。王仁(わたし)はまた神策のまにまに動いているので、我意を少しも加えていないのだから、役員信者はそのつもりでいて貰わねばならぬ。この度の御神業は人間の想像を逞しうし得るような範囲のものでないのだから、柔順に王仁(わたし)の指揮に従って欲しいものである。
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神様が決めた計画ですから、それに従わねばなりませんが、人間としては、それは無茶苦茶な計画だと思う場合もあるわけです。
建物の建設もそうですし、大正日日新聞社の買収もそうですし、大金を集めて、借金までして行っているのです。
役員や、お金を出す人にしてみれば、そんなに借金して返せるの?そんなに必要なことなの? と心配する場合もあるでしょう。
昭和青年会や昭和神聖会の運動にしても、こんなことやってたら、そのうちまた権力に弾圧されるのでは? と不安に駆られ、王仁三郎の暴走?を引き留めようとした人たちもいました。

これはなかなか難しいことです。
王仁三郎本人にしてみれば、神様から直接聞いているのですが、確信というものがあります。ですから死んでもいいという覚悟で、全身全霊を神に捧げているわけです。
しかし信者にしてみれば、神の代理人である王仁三郎を信じるかどうかという問題になります。果たしてこの教祖様を信じていいのか・・・悩むのも理解できます。
現在は王仁三郎はいませんし、王仁三郎の生涯は、その全体を知ることが出来ます。
しかしリアルタイムで王仁三郎に接している人は、『この先どうなっちゃうのだろう』という不安が生じるのはやむを得ないことです。
「この度の御神業は人間の想像を逞しうし得るような範囲のものでない」と言われても・・・
教祖在世中の信者というのは、神を信じるかどうかではなく、教祖を信じるかどうかという問題の方が重要になります。
神を信じるという問題と、教祖を信じるという問題は別問題です。その人を信じることが出来なければ、その人に付いて行くことが出来ません。
後世の人は何だかんだ好き勝手なことを言って批評しますが、教祖在世中の信者の気持ちというものは、とても複雑なものがあると思います。



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 お読みいただきありがとうございました。

    次回もお楽しみに!


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